米米クラブみたいな歌は残せない。じゃあ私が残せるものって何だろう。

米米クラブみたいな歌は残せない。じゃあ私が残せるものって何だろう。

産前産後の私をここちよく。
長岡の産後セルフケアインストラクター、内山麻理子です。

今日は、長岡市の次代の親育成事業のファシリテーターをしてきました。

次代の親育成事業は、中学2〜3年生を対象とし、赤ちゃんやその母親とふれあうことで、命の尊さを感じ、自己肯定感を育む事業です。

昨年からその場に立ち会わせていただけるようになり、今日は本年度の2回目でした。

 

思春期ど真ん中の中学2、3年生と、1歳未満の赤ちゃんとその母親のふれあいは30分ほどですが、

「中学生の心に響くのかな?」「赤ちゃんは大丈夫かな?」

という心配をはるかに超えて、お互いに良い刺激を与え合うものだと思います。

 

そしてこの事業は子育てが始まった母親にとっても、学びと気づきの場であると思っています。

「自分が中学生の時も親はうるさい存在だったけど、自分の子供が生まれてその気持ちがわかった」

「今、何を親がしてくれたら嬉しい?」

など、自分の子供の将来を、目の前の若者たちに重ねて聞いてみたり。

 

中学生も赤ちゃんも母親も、毎日の生活ではなかなか接することがない世代の人たちと関わることで、見えなかったことが見えてきて新鮮な時間になるんですね。

それは私も同様で。

なので、今日はその感動と学びをここに書こうと思っていたのです。我が家にも思春期に片足を踏み入れた息子がいるので、赤ちゃんの時はこうだったけど、今はこうだとか、これから先はこんな中学生になるんだろうなとか、ほわわわ〜んとしたことを書くつもりでいたんです。

 

のに。

なのに。

夕方、私のスケジュール調整不足によって不機嫌になった長男と、とにかく眠い次男により、じわっと気持ち悪い空気になりまして。

逆ギレしつつも、キャパオーバー気味だったので、白旗を上げつつも「自分のことは自分でやってね」という気持ちもあって…。

なのでほんわかブログは今日は、書くまいと決めました。

 

今日、中学生たちと「言葉があるっていいよね、赤ちゃんはお腹が空いても暑くても遊んで欲しくても眠くても、声を上げる泣くという手段でしか訴えられない。泣くから何を求めているか、母親は必死で読み取ろうとするんだよ。でも、何をしても泣き止まない、何を求めているかわからないことだってあるんだよ。言葉を話してくれたらって思うんだよ。」って話をしました。

 

「腹減った!」と言えば、食べ物が出てくる、

「ムカつく」と言えば、相手は自分がムカついていることがわかる。

それって当たり前じゃないんだねーって、話してお互いしみじみしたんだけれど。

 

夕方の私は、息子たちと言葉少なくやり取りして。お互いに冷静になると自分が悪かったなと気まずくて。これは中学生になったら、どうなるのかしら?と思わなかったわけではなく。

 

でも、ま、いいか。

 

取り繕うでもなく、ガチでぶつけ合って、ぶつけ合った後にお互いごめんねの気持ちがあって、どうしたらその気持ちが伝わるかを一生懸命考えて、それでいいかと。なぜなら、少しずつ緊張した空気がほぐれて、普通に話せて、お腹減ったねって言えて、ふざけて笑ってになっていったから。

そうじゃない時の方が多い。とことんグダグダになる時もある。だから、こんな日が特別なんだけど。

 

でも今日は、はあああああ〜と深く頭を落とした。自分の大人気のなさにも深く頭を落とした。

「あなたたちのお母ちゃんがこんなですまない」という気持ちと

「でもこれが私。そんな私の元にやってきた君たちは無二の存在」という気持ち。

そう思っていたら、ラジオから米米クラブの「君がいるだけで」が流れてきて、思わず熱唱した。車で子ども達と移動中だったんです。

 

例えば、君がいるだけで心が強くなれること

何より大切なことを気づかせてくれたね

ありがちな罠につい引き込まれ

思いもよらない悔しい涙よ

自分の弱さも知らないくせに

強がりの汽車を走らせていた

(以上引用)

 

私、歌は上手くないです。久しぶりにこの歌を聴いて、何気なく歌って、長男から「うるせーよ」って言われるかなって思ったんだけど、何も言われなかったな。言われても歌っていたと思うけど笑。

 

米米クラブみたいな歌は残せない。じゃあ私が残せるものって何だろうって思ったけど、ほわわわ〜んとだけしたものではなく、こういう気持ちの悪さもあるけど、それだけじゃないよっていう、形なきものなんかなとか?

って、思った1日でした。

 

この記事を書いた人

内山 麻理子
内山 麻理子
マドレボニータ認定 産後セルフケアインストラクター 1974年、新潟県小千谷市生まれ。夫・長男・次男の4人家族。 自分の生き方を問われた第1子、体力の低下と夫婦関係に悩んだ第2子の出産を通して、産後のボディケア&フィットネス教室に参加。生き方が180度変わった自身の経験から、産後にこそケアが必要と実感。2011年、マドレボニータ認定 産後セルフケアインストラクターになり、東京で産後のボディケア&フィットネス教室を多数開催。2013年より新潟県長岡市に転居し、産後ケアの拡大を決意して活動中。社会福祉主事任用資格保持。
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